IT関連会社(本社・東京)の関西事業所(大阪市)に勤務するAさん(西宮市・昭和49年7月生まれ)は、平成26年2月17日の朝自宅で倒れ、救急搬送され胸部急性大動脈解離を発症していたことが判明しました。搬送された病院において20時間に及び手術の末、奇跡的にも後遺症が残存することなく一命を取り留めました。しかしながら、人口血管と人工弁に置換し、障害者手帳1級という障害等級に該当する障害が残りました。
Aさんは発症前の1か月間には、80時間を超える時間外労働を行い、自宅にも仕事を持ちかえるなど、1日の睡眠時間は3〜4時間の日もありました。そのため平成26年4月15日に大阪中央労働基準監督署に労災申請を行いました。ところが労基署は、「発症前1か月間の時間外労働時間数は72時間24分」と判断し、過重労働による発症とは認めませんでした。
Aさんが勤める会社では、時間外労働の労使協定(三六協定)が結ばれており、その上限である月51時間を超えないように過少申告することが常態化していました。Aさんは月に数回コンピューターを操作し過少申告を行っていましたが、発症直前は業務が忙しくそれどころではなく、実労働時間がコンピューターに残っていました。その時間が、72時間24分でした。自宅に持ち帰っての作業も業務とは認められませんでした。
その後、大阪労働者災害保険審査官に不服申し立てを行いました。審査官は、自宅での作業の一部を認め時間外労働時間数は78時間34分と認定しましたが、棄却。
再審査請求を行った結果、Aさんが出退勤時に打刻する端末記録を基に、発症前の時間外労働数を92時間18分と判断し、自宅に持ち帰り行った作業についても17時間は業務に従事したと認めたうえで、そのまま労働時間として評価することは適当ではないが「負荷要因の一つと評価する」と判断し、過重労働により病気を発症したと認定(9月7日付け)しました。
電通過労死事件に見られるような時間外労働の過少申告は、今回のAさんの事例からもうかがえます。過少申告のシステムは複雑で実労働時間の把握は大変困難ですが、時間外労働時間の正確な把握に努めなかった監督署の調査も問題です。迅速に認められるべき今回の案件が、2年もの時間を要したこと大変残念です。
当センターは、長時間労働による労働災害をなくす取り組みを積極的に行っていきます。
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