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石綿小体741本 石綿肺がん労災不支給取消訴訟
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「本件控訴を棄却する」との判決文が読み上げられた瞬間、大阪高裁74号法廷を埋め尽くした傍聴席を、「勝った」との声が笑顔とともに拡がった。アスベストにより肺がんを発症したが、国が労災と認めなかったため、労災不支給処分の取り消しを求め争っていた訴訟の大阪高裁判決が、3月22日に言い渡された。
◆訴訟の概要
港湾荷役において積荷の数量や状態を確認し証明する業務(検数業務)に、約20年間従事したHさんは、2006(平成18)年1月10日に肺がんで亡くなられた。
神戸港は日本でも有数の石綿を荷揚げする港で、日本の石綿輸入量が最大であった1976年には、全輸入量の約40%を神戸港が占めていた。石綿が入った袋は、神戸港に着くまでに手カギをかけて運ばれ、また輸送中の荷崩れによって破損するなど、石綿粉じんが大量に発生し飛散する状態であった。その袋を荷役作業員が手カギを用いて艀に移し、艀から沿岸に荷上げする作業において、検数員は常にその傍ら作業を行い、大量の石綿粉じんにばく露したのである。
Hさんは、生前中に神戸東労働基準監督署へ労災申請を行ったが、神戸東署は2006(平成18)年7月10日に不支給処分を決定し、処分の不服を申し立てた兵庫労働者災害補償保険審査官は同年12月20日に審査請求を棄却した。さらに、労働保険審査会も2008(平成20)年7月30日に請求を棄却したのであった。
国側が労災と認めなかった理由は、「肺内に蓄積された石綿小体が741本/gしかない」ということであった。
◆石綿肺がんの認定基準
石綿による肺がんの認定基準(2006年2月基準)は、①石綿肺、②胸膜プラーク+石綿ばく露作業10年以上、③石綿小体又は石綿繊維+石綿ばく露作業10年以上、④10年未満であっても胸膜プラーク又は一定量以上の石綿小体(5,000本以上)・石綿繊維(1μm500万本以上、5μm200万本以上)が認められるものは本省協議、の4項目が示されている。
ところが、厚生労働省は、2007年3月14日付で事務通達(支援団体では「裏通達」と呼んでいる)を発し、「石綿ばく露作業10年以上であっても、石綿小体5,000本以上なければ不支給」とする運用を始めた。石綿ばく露作業10年未満の人を救済する目的で設けられた規定を、10年以上の労働者にも5,000本基準を求めるようになったため、石綿肺がんの認定基準のハードルが高く引き上げられてしまったのである。
アスベスト特有のガン(中皮腫)による死亡者数は、2011年度は1,258人となり、2006年度に初めて1,000人を超えて以降、毎年増加し続けている。世界の医学界においては、「石綿肺がんは中皮腫の2倍」とのコンセンサスが確立しているが、日本では労災として認められている人数は中皮腫より少ないという傾向が続いている。その大きな原因が認定基準のハードルの高さにあると考えている。
◆地裁判決の内容
石綿肺がんの労災認定基準は、内外の知見を踏まえ、肺がんの発症リスクを2倍以上に高める石綿ばく露量があれば、石綿を原因とみなすとなっている。国は「石綿小体が741本/gしかない」との理由で、石綿が原因ではないと判断したわけであるが、逆に「石綿小体が741本/g」なら肺がんの発症リスクが2倍以下なのかということが、本裁判で争われたのであった。
神戸地裁は、本件の争点を、①業務起因性の判断基準及び②石綿ばく露状況の2点であるとして判断を行った。まず、①に関しては、「リスクを2倍以上に高める石綿ばく露の指針として、石綿ばく露作業に10年以上従事した場合については、石綿ばく露があったことの所見として肺組織内に石綿小体又は石綿繊維が存在すれば足り、その数量については要件としない」と判断した。
さらに、「石綿小体数は業務起因性の判断基準ではなく、また仮に、石綿小体数を判断基準において考慮するとしても、クリソタイル(白石綿)ばく露では妥当しないと解されている」との見解も示された。
次に、②に関しても、認定基準が定める石綿ばく露作業に該当し、10年以上に渡り従事していることが認められると判断。そして、「本件処分は違法であり、取り消しを免れない」と判断し、Hさんが発症した肺がんを労災であると認めたのであった。
◆高裁で争われた点判決内容
国の控訴理由は、肺がんの発症危険度を2倍以上に高める石綿ばく露があったことを認めるには、石綿ばく露作業に10年以上従事し、かつ、5,000本以上の石綿小体の存在が必要であると主張したのである。しかも、ばく露作業への従事期間よりも医学的所見が優先するとの主張であった。
大阪高裁の判決文は、全文で僅か10ページと短いものであった。まず、石綿ばく露作業への従事期間が10年以上であることは、肺がんの発症リスクを2倍に高める指標とみなすことができるとの見解を示した。そして、「認定基準の『肺内に石綿小体又は石綿繊維が認められること』という要件は、『肺内に石綿小体又は石綿繊維が認められれば足り、その量的数値は問題としない。』という趣旨であると理解すべき」と述べ、地裁判決は間違っていないと判断したのである。また、「裏通達」についても、「医学的知見に基づき示されたものではない」「合理性があるとは認めがたい」と、国に対して厳しい見解を示した。そのうえで、「原判決は相当である。」とし、「本件控訴は理由がないから棄却する」と判決したのである。
◆全国の石綿肺がん訴訟への影響
現在、国による石綿肺がんの不支給処分取り消しを求める訴訟は、全国で7件争われている。今回のH裁判以外に、東京高裁で争われているKO裁判(石綿小体1,230本)、神戸地裁で争われているM裁判(プラークの有無)・KI裁判(石綿小体2,551本)・F裁判(石綿小体913本)、東京地裁で争われているI裁判(石綿小体469本)、そして大阪地裁で争われている建設労働者の訴訟(石綿小体998本)である。
昨年2月の東京地裁・KO裁判、3月の神戸地裁・H裁判、6月の東京地裁・IK裁判(プラークの有無・確定)、そして今回の大阪高裁判決と、石綿肺がん訴訟は原告側が4連勝中である。しかも、石綿ばく露作業への従事歴10年で肺がん発症リスクを2倍とする判断が固まりつつある。東京高裁で争われているKO裁判は、3月に結審し判決を迎えることとなるが、現在の司法の流れが変わることはないと確信している。