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過労死・過重労働・脳心臓疾患

2020年度 過労死等の労災補償状況
脳・心臓疾患の請求件数は784件、精神疾患の請求件数は2,051件

2021/08/20
◆請求件数や支給決定件数等を公表

6月23日、厚労省は「令和2年度過労死等の労災補償状況(以下「状況報告」)」を取りまとめ、公表しました。

「過労死等」とは、過労死等防止対策推進法第2条において「業務おける過重な負荷による脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因とする死亡若しくは業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする死亡又はこれらの脳血管疾患若しくは心臓疾患若しくは精神障害」と規定されています。
 
2020年度の脳・心臓疾患による請求件数は784件で、19年度より152件減っており、過去4年間と比べ最も少ない件数となっています。これは昨年からの新型コロナウイルス感染症(以下「コロナ禍」)のため労働者の残業時間数が減少した影響なのか、19年度から始まった働き方改革による残業規制の強化の影響なのかは、更なる分析を待たなければなりません。また年齢階層別の請求件数をみると、40代以上の請求件数が729件に上り、全体の約93%を占めています。少子高齢化による労働力不足のため、現場における就業年齢は毎年高くなっています。中高年ほど脳・心臓に基礎疾患を持ち治療を続けている人が多いのは周知の事実であり、高齢労働者の職場環境改善や健康維持対策は早急な手立てが必要です。


精神障害の請求件数は、19年度2,060件、20年度は2,051件です。16~18年度の平均が約1,700件であることを考慮すれば、これは増加傾向にあると言えます。脳・心臓疾患と異なり、精神障害は全ての年齢層でほぼ平均的に請求されており、「若い社員が上司に叱られてうつになったと訴え、会社に来なくなった」というイメージは完全に消え去っています。長時間労働やハラスメントなど、すべての労働者の精神状況を蝕む様々な負荷を取り除く努力を継続していく必要があります。

◆30%の壁

労災申請は、その請求時期と支給・不支給の決定時期に時差が生じるため一概に述べることは難しいのですが、脳・心臓疾患の決定件数は19年度、20年度でそれぞれ684件と665件であり、うち支給決定を受けたのはそれぞれ216件と194件です。精神障害の決定件数はそれぞれ1586件と1906件、うち支給決定は509件と608件でした。私たちは常々指摘していますが、過労死等による労災の決定件数のうち、支給決定は例年30%程度に留まっています。約3分の2以上が不支給とされてしまうのは、一体何が原因なのか。支給・不支給を決定する上で「業務による心理的負荷表」が用いられているが、当てはめや評価が適切なのか等を今後検討していかなければなりません。

◆突出する運輸業
 
脳・心臓疾患の労災請求件数を業種別に見ると、運輸業・郵便業が最も多く、20年度は158件で全体の約20%を占めています。職種別でも「自動車運転従事者」は137件で運輸・郵便業の請求件数の86%を占めており、支給決定数も58件で全体の30%と突出しています。新聞を読むと、トラックによる事故が発生していない日はありません。警察発表でも、毎月の交通事故件数は数万件に上っています。その事実だけでもドライバーが過酷な労働環境の中で働いているのは明らかですが、運転は長時間同じ姿勢で常に周囲に気を配り極度の緊張を強いるため、距離や積荷、乗客の有無、事故に関わらず、私たちが想像する以上に身体的・精神的負荷がかかっているのです。 


これに加え、ドライバーには「拘束時間(労働時間+休憩時間)」の問題が加わってきます。ドライバーの拘束時間は「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」により1日最大13時間、1か月293時間と定められ、労使協定を結べば1日16時間、年3,516時間(293時間×12)を、業務の繁閑を考慮して設定できることになっています。16時間も拘束されると、1日24時間のうち自由な時間は8時間しかありません。しかも繁閑に合わせるため、始業、就業の時刻が不規則となり、仕事を終えたのが深夜だった、というのも珍しくないのです。いつ叩き起こされるか分からない拘束時間の仮眠では疲れが取れません。いくら労働時間が短くても、長時間の拘束はドライバーの身体を蝕み、脳・心臓疾患発症の原因となります。

しかしながら状況報告では、自動車運転従事者の被災者がこれだけ多いにもかかわらず、職業別の時間外労働(残業時間)数が公表されていないのです。これでは単なる数字の羅列に過ぎず、データに基づいて運送業界等が全体で対応する方法を決められません。過労死等の防止に向け、業界単位での取り組みを促進させるためにも残業時間や拘束時間など有効なデータを公表していくべきです。

◆医療・福祉の現場と女性
 
先述した通り、脳・心臓疾患の請求件数は20年度に減少しました。しかし業種別で見ると、ほとんどが減少または横ばいとなる中で、55件から67件と急増しているのが医療・福祉業です。決定件数も37件から46件、うち支給決定件数も5件から8件に増えています。これがコロナ禍の影響なのかは即断できませんが、特徴的なのは支給決定を受けた8名中5名が女性労働者であることです。これまで「管理職の中高年男性」のイメージが強かった脳・心臓疾患が、性別を問わず広がっていることが明らかになっています。また、介護サービス職業従事者で支給決定された3名がすべて女性であったことはその象徴だと言えます。

 
さらに深刻なのは精神障害です。20年度の社会保険・社会福祉・介護事業・医療業における請求件数は484件と全体の約25%を占め、うち約75%の361件が女性労働者でした。介護サービスと社会福祉専門職業従事者では、合わせて218件のうち154件と女性労働者が圧倒しているのです。女性が多い職場であることが大きな要因ですが、コロナ禍の第5波真っただ中という過酷な労働現場働いている女性の医療・福祉従事者に対し、早急な対策が求められています。


そして医療・福祉業に限らず、女性の請求権者が多いのも精神障害の労災の特徴です。16年度の1586件中627件に比べ、20年度には2051件中999件と全体の約半数に達しているのです。2016年、当時の安倍政権が打ち出したのが「ニッポン一億総活躍プラン」でした。これは「女性活躍」という名の下、「働き方改革」の残業規制により生じた労働力不足を女性で補おうとする施策でした。大半は男性やフルタイム従業員の補助として非正規で働き、不規則な勤務形態で生活のリズムを整えることが難しい立場に置かれる女性が増えたのです。これが女性労働者の精神障害による労災請求件数の急増の背景です。
私たちは、国に対し医療・福祉業従事者をはじめとする全ての労働者の相談窓口の設置などのメンタルヘルス対策の充実を求め、精神障害からの労働者救済を目指していかなければなりません。