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石綿肺がん不支給処分取り消し訴訟
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「主文、原判決を取り消す」、1月28日午後1時10分、満席の大阪高裁73号法廷に判決文を読み上げる声が響いた。アスベストが原因で肺がんを発症したとして労災申請を行ったが、労働基準監督署が労災と認めなかったため、労災不支給処分の取り消しを求め争っていた訴訟の判決が、大阪高裁で言い渡された。石井寛明裁判長は、請求を棄却した一審・神戸地裁判決を取り消し、労災と認める判断を行った。
◆訴訟の概要
川崎重工神戸工場において24年間に渡り造船作業に従事してきたMさん(66歳)は、2003年3月に肺がんで亡くなられた。ご遺族は、生前にMさんから聞いた作業状況から、死亡の原因は石綿ではないかと考え、2005年11月に神戸東労働基準監督署に遺族補償年金の支給を請求した。しかし神戸東署は、石綿肺がんの医学的認定要件とされる胸膜プラークが画像上で認められないため、労災ではないと判断したのだった。
そのため2008年10月、ご遺族は神戸東署の不支給処分の取り消しを求め神戸地裁へ提訴。しかし、5年の審理を経て、2013年11月に原告敗訴の判断が言い渡されたのであった。判決では、「胸膜プラークが存在する高度の蓋然性を基礎付ける事情が認められるなど上記(認定)基準を満たす場合に準ずる評価をすることができる場合には、胸膜プラークが胸部X線写真又は胸部CT画像上認められないことをもって直ちに業務起因性を否定するべきではない」との見解を示したうえで、Mさんの場合は高度の蓋然性が認められないと判断したのだった。
◆控訴審での審理
控訴審においては、「胸膜プラークが存在する高度の蓋然性」をいかに立証するかが焦点となった。そこで、Mさんの同僚に石綿被害が多数発生していることを証明するため、国が保有する川崎重工神戸工場における全ての石綿労災認定事例の復命書と、石綿健康管理手帳交付者の就労期間や場所・業務内容について開示を求めた。国側は開示に関して固辞したが、裁判所の判断により川崎重工神戸工場における石綿被害の実状が明らかとなったのであった。その内容は、同工場においては、実に61名が石綿関連疾患で労災認定(時効救済を含む)を受け、胸膜プラークを有する石綿健康管理手帳の所持者は270名以上いるという事実だ。開示された情報を精査することで、Mさんと同じ仕事を行い労災認定された事例や、Mさんと同じ作業を行っていた従業員の中に胸膜プラークがある者が沢山居ることを主張した。さらに、元同僚の陳述書を提出し、Mさんが肺がんを引き起こす程の石綿ばく露を受けたことを立証した。
◆判決内容
控訴審判決の主文は、「1.原判決を取り消す。2.神戸東労働基準監督署長が控訴人に対して平成18年3月20日付けでした労働者災害補償保険法による遣族補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。3.訴訟費用は、第1,2審を通じて被控訴人の負担とする」という内容であった。
判決では、胸膜プラークについて、「石綿ばく露を受けた者の全例に生ずる感情性の高い指標ではない」「当該被災者が10年ばく露要件を満たしており、かつ、相当量の石綿ばく露があったことが証拠上認められるにもかかわらず、胸膜プラークが画像上見上検出されないからといって直ちに業務起因性を否定することは相当ではない」との見解が示された。しかし慎重に、「石綿ばく露作業に従事した期間のみを指標として2倍ばく露の有無を判断することは適当でない」としたうえで、医学的要件を満たさなくても「石綿ばく露の具体的状況を検討し、その結果として平成18年認定基準を満たす場合に準ずる評価をすることができるかどうかを検討する」とした。
そして、1審・2審において胸膜プラークの有無に関して意見を述べた医師それぞれの見解を引用しながら、「胸膜プラークが存在していたと認めることはできない」と結論付けた。しかしながら、医師の意見も分かれており、「各部位に胸膜プラークが存在する相当程度の可能性があることまで否定することはできない」との見解を示したのであった。
そのうえで、被災者と同時期に神戸工場で働いていた他の従業員の石綿ばく露状況を検討し、被災者と同種の作業員20名以上にプラークが有り、直接石綿を取り扱っていない周辺業務の作業員13名にもプラークが有り、被災者と同じ船殻課に在籍し労災認定を受けた者が4名有り、しかも工場内で看護師として勤務し悪性胸膜中皮腫を発症した事例にも触れながら、「(被災者)がうけた石綿ばく露は、(被災者)の肺内に胸膜プラークを形成するに十分な程度に至っていたものと認めるのが相当である」と判断した。
◆石綿肺がんの救済状況
石綿による肺がんの認定基準(2006年2月基準)は、次の①から④のいずれかに該当する場合は業務上となっていた。①石綿肺、②胸膜プラーク+石綿ばく露作業10年以上、③石綿小体又は石綿繊維十石綿ばく露作業10年以上、④10年未満であっても胸膜プラーク又は一定量以上の石綿小体が認められるものは本省協議。
世界の医学界においては、「石綿肺がんは中皮腫の2倍」とのコンセンサスが確立している。しかし、日本では労災として認められている石綿肺がんの人数は中皮腫より少ないという傾向が続いている。
◆高裁判決の意義
石綿肺がんの労災認定率は極めて低い状況だが、その大きな原因は認定基準における医学的要件に関するハードルの高さにあると考える。労災の認定基準として示されている「胸膜プラークが認められること」という点は、読影する医師により大きな幅があるからである。しかも、レントゲンやCT画像に胸膜プラークが映っていなくても、解剖の際に発見されるケースも多く、労災病院の医師らが発表した論文でも画像のみでプラークの有無の判断を行うのは困難であるとされている。だからこそ、今回の高裁判決が示したように、ばく露実態を重視した調査に基づき、業務上外の判断をすべきだと考える。
また、石綿新法による時効救済事案に関しては、医証が全くないケースが想定されたため、平成18年に臨時全国労災補償課長会議において「過去に同一事業場で、同一時期に同一作業に従事した同僚労働者が労災認定されている場合や、相当高濃度の石綿ばく露作業が認められる場合には、本省あて相談されたい」との文章が配布されている。今回の高裁判決は、まさにこの考え方に沿って判断しているのであり、時効救済事案だけに限らず一般の労災事案についても同じ運用を行う必要がある。
◆「お疲れさまでした」
今回の高裁判決を受けるまでには、労災申請から10年が、裁判提訴からも7年の時間を要した。この間、労災不支給、審査請求棄却、再審査請求棄却、神戸地裁棄却と続き、原告の苦労は誰も察することが出来ない程のものが有ったと思う。
昨年9月の結審の際、裁判長が原告に対して「長い間、お疲れさまでした」とかけられた言葉が印象的であった。泣き寝入りせず国と闘い続けた原告の頑張りと、弁護団の先生方の奮闘と、原告を支え続けた患者と家族の会の皆さんの頑張りが掴んだ勝利判決である。長い期間を要して勝ち取った今回の判決は、大変貴重な内容であり、多くの石綿被害者の救済拡大に必ずつながると確信している。