NPO法人 ひょうご労働安全衛生センター

労災・職業病・労働環境など
お気軽にご相談ください

TEL 078-382-2118
相談無料・秘密厳守
月〜金: 9:00-18:00

パワハラ・うつ病・精神疾患

パワハラと長時間労働により労災認定

2015/09/20
◇事案の概要

G生活協同組合で発生した、まさに絵にかいたようなパワハラと長時間労働による労災の事例です。本来は地域の消費者を主体とした安全安心を理念とする事業体ですが、組織の歪にとんでもない幹部職員が加わるとこんな事態が発生するという事例ともいえます。仕事の内容は、主に組合員宅への配達、利用普及(新商品・お歳暮・お中元)、既存組合員のフォロー、新規組合員の獲得などで、ノルマも嫁せられます。

Sさんは、入職3年目で課長として数名のチーム運営を任されるまでになりましたが、課長とは名ばかりで一切の権限はなく、毎日休憩なしで13時間~14時間の労働で、休みも週に1日あるかないかという実態。また、直属の上司のパワハラが酷く、毎日のように物を投げたり、机や椅子を蹴ったりして恫喝する、延々と説教するといった状況が続き、20121月、ついに精神疾患を発症してしました。

発症から3年近く経過してからの相談でしたが、本人の頑張りや仲間の支援により労災認定を勝ち取るとともに、協同組合に損害賠償をさせることが出来ました。しかし、時効の問題もあり傷病手当制度との関係など、課題も明らかになった取り組みでした。


◇相談と対応

Sさんは、発症後病気が完治しないため、復職と休職を断続的にくりかえしながら、未払賃金や労災について労働局などに相談をしてきましたが、見通しが立たないため、201411月にユニオンに相談に来られました。本人の話を聞いた相談員は、「本当にそんなことがあるのだろうか」と驚いたと言います。また、発症からすでに210月が経過しており、労災にしても未払賃金にしても時効の壁が迫っていました。

そこで、ユニオンとしては、早急に事実関係を正確に把握すること、そのために同僚の協力を得ること、労働時間を把握するためにコンピュータなどの情報を確保することにしました。

本人に、どのような発言や行動が、どの程度パワハラと認定されるのかを説明し、時系列で具体的な上司の発言や行動を整理しました。そして、その後、当時机を並べていたもう一人の課長がユニオンに加入したことで、当時の生々しい実態を更に確認することが出来ました。


◇団体交渉

ユニオンは、協同組合に、①Sさんが体調を崩した原因や背景について調査のうえ説明すること、②未払賃金を調査のうえ支払うこと、との要求書を提出しました。第1回団体交渉では、協同組合は、未払い残業があることは認めましたが、パワハラについては長文の意味不明の調査回答書を出して曖昧な態度に終始しました。そのため、ユニオンは具体的な上司の言動をまとめた資料を示し、協同組合に調査の約束をさせました。

2回目の団体交渉において、協同組合は基本的にユニオンの主張を認めました。実は、当時の業務のあり方について、協同組合上層部でも問題になっており、Sさんが体調を崩して休職した5ヵ月後には問題の上司は責任をとらされて更迭されていたことも明らかになりました。


◇労災認定の取り組み

20151月、パワハラの事実関係を認めた協同組合理事長名の謝罪文を添付して、神戸西労働基準監督署に労災申請を行いました。また、協同組合には、パソコン端末のシャットダウン記録をもとに実労働時間を認定させました。その結果、発症の直前の7ヵ月間、毎月100時間の残業をしていたことが証明されました。他にも、直属上司のパワハラの実態について、協同組合の聞き取り調査の結果やユニオンがまとめた記録を提出しました。パワハラによる精神疾患の労災認定基準は、負荷がかかる出来事をランク付して積み上げて総合判定することになっています。

監督署は、調査の結果、複数の出来事について評価を行いました。まず、「達成因難な業務目標が設定されていたという出来事が認定でき」「目標達成を上司から強く求められていた」として、総合的には「中」と判断。他にも「配達担当が起こした事故について、その本人とともに、上司であるSに責任が問われたという出来事は事実として認定でき」「会社で起きた事故、事件について責任を問われたに該当」し、総合的には「中」と判断。

そして、「業務指導の範囲を逸脱した指導・叱責を受け、それが発症の
6ヵ月よりも前に開始されており、かつ、発症前6ヵ月にさらに状況が悪化したという当該出来事は事実として認定でき」「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」に該当し、「総合評価としては、上司の発言は極めて威圧的であり、恫喝、叱責、尋問という質のものであったことが認められ、その頻度の高さや時間の長さを加えて考えると、業務指導という目的から著しく逸れて、Sの人格や尊厳を侵害するもの」とし、総合的に「強」と判断しました。


今回は、①本人が上司の言動を正確に記録していた、②コンピュータの記録を確保し労働時間を推定できた、③二人目の組合員が証言をしてくれたことが大きなポイントとなりましたが、団体交渉を通じて協同組合に、当時の幹部の責任を認めさせ、労災への協力姿勢を示させたことも好材料となりました。


◇時効の壁と健康保険

労災認定されたことにより、健康保険の給付はすべて労災保険に切り替えられることになります。協会けんぽや病院に足を運んで事務手続きをするわけですが、結構な手間と時間がかかり、現在も治療を続けている本人にとっては大きな負担です。

そこに、新たな問題が発覚しました。というのは、時効は、労災申請をした時点で停止しますが、それでも発症からすでに約3年を経過していました。労災保険の休業補償は申請した時点から2年間しか遡及してくれません。

一方、協会けんぽは、傷病手当の時効が10年なので全額返遠するように言ってきました。その結果、発症から約1年間は何らの公的補償が受けられない期間ができてしまいます。我々は、協会けんぽに「重なる期間は返還するのは理解できるが、同じ厚生労働省が所管する保険でこのような不合理があるのはおかしい」と再検討を申し入れました。しかし、全国健康保険協会本部の見解も同様でした。

そこで、協会けんぽの返還請求に対しては不服申立を行うとともに、協同組合に対しても逸失利益の要求することにしました。

労災保険は、災害に直面した時に労働者を支える最低限の制度です。しかし、実際には、使用者が法に定められた協力をしないことも多く、特にパワハラや精神疾患については、労働者が一人で取り組むのはとても難しいのが現実です。ましてや時効をめぐる問題や健康保険との精算事務などで労働者に重い負担を強いることのないようにすること、その他決定に係る本人の情報開示の推進など取り組むべき課題が多いと感じています。

なおSさんは、その後、労使確認により職場を異動して半日勤務で体調回復を図りながら働いています。