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パワハラ・うつ病・精神疾患

パワハラ防止法の施行と精神疾患の労災認定基準の改正

2020/08/21
◆はじめに

2019年通常国会において「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等の関する法律」(略称:労働施策総合推進法)が改正され、パワハラ防止のための雇用管理上の措置が義務付けされ、2020年6月1日より施行されました(中小事業主は2022年4月1日から義務化)。この法律は一般的にはパワハラ防止法と呼ばれることとなりました。


今回の法改正に伴い、厚生労働省はいわゆるパワハラ指針〈事業主が職場における優越的な閤係を背景とした言動に起因する問題に関して層用管理上講ずべき措置等についての指針〉も公表しました。


◆パワハラ防止法が成立した背景

パワハラ防止法が成立した背景のひとつには、厚生労働省の相談窓口においてパワハラ等の相談件数が増加したことにあります。2017年4月に公表された「職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書」でも、従業員の相談の32.4%がパワーハラスメントで最も多くなっています。

また、2018年度「個別労働紛争解決制度の施行状況」では、いじめ・嫌がらせに閲する相談件数は8万2797件と過去最高となっています。このように、対人関係の悪化が多発しており、それらに対する企業の職場環境配慮義務としてパワーハラスメント防止の義務化が必要となったといえます。


さらに、大手広告会社に勤める女性社員・高橋まつりさんの過労自殺が、上司によるパワハラが原因であり大きな社会間題となったことも要因と言えます。多くの尊い命が失われたことがパワハラ防止法成立の背景にあることを忘れてはなりません。


◆パワハラ指針示される

厚生労働省が示したパワハラ指針では、パワハラの定義として3要件を示すとともに、典型的なパワハラと呼べる6つの類型を紹介しています。①優越的な閲係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①~③の要素を全て満たすものとされています。

典型的な6つの類型として、①身体的な攻撃、②精神的な攻撃、③人間関係からの切り離し、④過大な要求、⑤過小な要求、⑥個ヘの侵害が示されていますが、この類型は限定列挙ではなく、これらに該当しない場合でもパワハラと認められるケースがあることは注意しなければなりません。

6つの類型をもとにパワハラに該当する例(一部)
*(①)としない例(②)の代表的なものは以下のようになります。

(1)身体的な攻撃
 ①殴るける、物を投げつけるなど
 ②誤ってぶつかる

(2)精神的な攻撃
 ①人格を否定する暴言を吐く、他の労働者の前で罵倒するなど
 ②遅刻などを再三注意しても改善されない場合に一定程度強く注意

(3)人間関係からの切り離し
 ①別室に隔離する、集団で無視する、他の労働者との接触や協力の禁止など
 ②懲戒規定で処分を受けた労働者を通常業務に復帰させるために一時的に別室で必要な研修を行うなど

(4)過大な要求
 ①新卒採用者に対して教育のないまま過大なノルマを課す、私的な雑用を強要など
 ②労働者を育成するために現状より少し高いレベルの業務を任せるなど

(5)過小な要求
 ①役職名に見合わない程度に低い業務をさせる、嫌がらせで仕事を与えないなど
 ②労働者の能力に応じて、一定程度業務内容や業務量を軽減する

(6)個への侵害
 ①個人用の携帯電話を覗き見る、センシティブな個人情報を暴露するなど
 ②労働者への配慮を目的として、労働者の家族の状況等についてヒャリングを行う


◆精神障害の労災認定基準にも追加

パワハラ防止法施行に伴い、2020年5月29日付で厚生労働省の「心理的負荷による精神障害に労災認定基準」が改正されました。仕事によるストレスが関係した精神障害については、厚労省の認定基準に沿って労災の判断が行われます。具体的には、申請後、認定基準の中にある「具体的出来事」の一覧表に当てはめて、その心理的負荷を評価し、労災かどうかを判断します。総合的評価で、心理的負荷が「強」になれば、労災として認定されます。今回の改正では、この「具体的出来事」の一覧表にある、「パワーハラスメント」の項目が追加されました。

これまでの労災認定基準では、職場のパワハラによる精神障害の場合に「具体的出来事」一覧表には「ハラスメント」の表記はなく、パワハラの実態に即した項目とはなっておらず、特に「上司とのトラブル」は心理的負荷が低く評価されているとも指摘もされてきました。そのため、パワハラの被害者が労災認定基準を読んでも、自分の被害を労災として申請できるのか、わかりにくい内容となっているとともに、実際に労災申請しても、遮切にその心理的負荷が評価されているのかということも懸念が指摘されていました。


◆精神障害の労災認定基準の改正

今回の改正では、具体的出来事の表に、「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」の項目が新設されました。この出来事の心理的負荷の強度は「Ⅲ」とされていますので、もしパワハラの事実が労災申請で認められれば、その心理的負荷は重く評価されることになります。そして、パワーハラスメントについて「強」と判断される具体的な内容は下記の改正ポイントの内容となっています。

注意すべき点として、「上司等」には、職務上の地位が上位の者のほか、同僚または部下であっても業務に関する知識や経験が豊富な者も含まれますので、上司に限定されるわけではなく、同僚または部下からの集団によるパワハラも、この項目に含まれます。

このほかに注目すべき点は、心理的負担が「強」と判断される例として、「心理的負荷としては『中』程度の場合であって、会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった場合」が書かれていることです。職場のパワハラでは、被害を受けた後に、さらに会社がきちんと対応せず被害が悪化することが珍しくありません。今回の労災認定基準では、そうした場合には、心理的負荷を重く捉える方向性を打ち出しています。

今回の改正により、労災認定の対象としてパワハラによる精神障害が明記され、パワハラの被害者の方が労災申請に踏み切りやすくなったと言えるかもしれません。ただし、精
神障害の労災認定率は、30 %そこそこの低水準が続いており、労災申請が増え続ける一方で、労災認定のハードルは高いままになっています。

現在の「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」は非常に複雑な内容でわかりにくく、労災認定されにくい基準と言えます。厚労省では、今回の改正に続き、精神障害の認定基準全体の見直し議論を進めていく方針を示しています。

私たちは、パワハラを含め労災被災者の声が反映される労災認定基準になるよう、認定基準の改正を求める声を挙げていかなければなりません。