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過労死・過重労働・脳心臓疾患

脳・心臓疾患の労災認定基準
20年ぶりに改正される

2021/10/22
◇20年ぶりに認定基準改正

7月16日、厚生労働省の「脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会」は会合を開き、残業が月平均80時間など「過労死ライン」に達していなくても、負荷要件を満たせば労災認定できるとし、これを「専門検討会報告書(以下「報告書」)」にまとめ公表しました。これまでも大災害などの異常な出来事や短期間の業務集中による強いストレス、長期間の過重労働で疲労の蓄積が認められた場合など、明らかな過重負荷あれば認定されていましたが、今回、更なる緩和が提言されたのです。


この報告書を基に、厚生労働省は、9月14日付けで脳・心臓疾患の労災認定基準を改正し、都道府県労働局長宛てに通知しました。脳・心臓疾患の労災認定基準改正は20年ぶりです。


◇基準見直しの背景
 
脳血管疾患と虚血性心疾患等(以下「脳・心臓疾患」)で労災認定の対象となる疾病は、脳疾患―脳内出血(脳出血)、くも膜下出血、脳梗塞、高血圧性脳症心臓疾患―心筋梗塞、狭心症、心停止(心臓性突然死を含む)解離性大動脈瘤とされています。今回の見直しでは、これまで適用に消極的だった「心不全」が「入院治療が必要な急性心不全について、業務の負荷状況と発症の関係を判断する(重篤な心不全)」として新たに加えられました。

心臓疾患の死亡者は、1位の悪性新生物(いわゆる癌)に次いで多く、脳疾患は老衰に次いで4位です。厄介なのは現在、40歳以上で脳・心臓疾患による死亡率が高くなっていることです。日本が少子高齢社会となって久しく、同時に労働力も減っています。一方で65歳以上の労働者は増加しており、01年に比べ約1.8倍に達しています。17年の厚労省調査によると、高血圧や脳・心臓など主要疾患の推計患者数のうち、9割以上が35歳以上でした。


このように「基礎疾患を抱える中高年(45歳以上)労働者の増加」に対応するというのが見直しの背景である、と報告書は指摘しています。しかしそれ以上に、この間過労で倒れ、国に対し労働者本人やその家族らの気の遠くなるような長く苦しい闘いによって勝ち得た「見直し」であることは言うまでもありません。


◇拘束時間と睡眠時間
 
今回の認定基準の見直しで最も大きな争点となったのは、やはり長時間労働です。疲労回復には、最低でも5~6時間以上の睡眠が必要とされています。統計によると、月80時間の残業で1日6時間、月100時間で1日5時間程度しか睡眠が取れないとされています。これが長らく「過労死ライン」として残業時間の基準になっていました。しかし、これまで「負荷要因」により認定された支給決定事例では、1か月65~70時間の残業で脳・心臓疾患を発症させているケースが見受けられました。それが拘束時間(労働時間と休憩時間を合わせた時間)の長さや、出張などの不規則勤務によるものが多かったのです。


脳・心臓疾患の支給決定件数が最も多い業種は「運輸業・郵便業」です。運輸業に従事する労働者の拘束時間は「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」により、1日最大13時間、1か月293時間と定められ、労使協定を結べば1日16時間、年3,516時間(293時間×12)を業務の繁閑を考慮して設定できることになっています。この基準さえ大幅に超える労働実態についてここでは触れませんが、16時間も拘束されれば1日の自由な時間は8時間しかなく、それも深夜、というのも日常です。いつ起こされるか分からない拘束時間の仮眠では、疲れは取れるはずがありません。

報告書は、長時間の拘束だけでなく不規則なシフト制、深夜勤務などの不規則勤務は生体リズムと生活リズムにズレを生じさせ、疲労の蓄積に影響を及ぼすと指摘しています。

また同時に「出張の多い業務」や航空機の客室乗務員、タクシー運転手などの「事業場外で移動を伴う業務」に従事する場合も負荷要因として挙げるべきだとしました。これまでも拘束時間は使用者側の「業務を指示していないから休憩時間だ」という主張に対し、労働者側が「待機だから労働時間だ」と反論せねばならないケースが数多くありました。報告書に「不規則な勤務状態であることを適切に評価すること」が盛り込まれたこと自体、大きな前進と言えます。



◇今後の課題
 
今回の見直しは、これまで労働安全衛生と職業病問題に取り組んできた成果であることは間違いありません。しかしながら、まだ鉄塊のような課題が残ったままです。その鉄塊の一つが、「睡眠の質」ともいうべき問題です。


現在、国による「働き方改革」により残業が規制され、月45時間、年360時間(労使協定により年720時間、運輸業は24年まで据え置き)を超えれば使用者に厳しい罰則が科せられます。こうした取り組みにより、今後は疲労を回復するための睡眠時間が少しずつでも増えていくかと思われます。

しかし、果たして時間を確保すれば睡眠が取れるのでしょうか?厚労省の「労働者健康調査」によると、6割の人が職場で何らかのストレスを感じており、その原因は「仕事の量、質」がトップ、そしてハラスメントや対人関係が続いています。ストレスは人の精神にダメージを与え、それが継続すると眠たくても眠れない、浅い眠りとなってしまい、肝心の疲れが取れないのです。

トラック運転手の場合だと、拘束時間だけでなくハンドルから手を離せず同じ姿勢で極度の緊張を強いられながら働いていることに着目すべきなのです。ところが、報告書では精神の疲労による睡眠不足には全く触れられず、長労働時間に主眼を置いたままであり、それさえILO等の「1週間当たり55時間労働で脳・心臓疾患のリスクが高まる」という勧告にも遠くばず、過労死ライン引き下げの課題は鉄塊のように残ったままなのです。


もう一つは、脳・心臓疾患や精神疾患の労災申請の「困難さ」が全く解消されていないことです。タイムカードを含め全ての記録は使用者側にあり、申請側の入手は簡単ではありません。私たちは過労死ラインの引き下げなどを求めていくと同時に、労働者に労働時間や不規則勤務を自ら記録して保存し、残業を減らすよう啓発していく必要があります。

現在、「働き方改革」の一環として管理監督者に対する労働時間の管理が義務付けられています。40代以上で管理監督者に就いている人は多い。また不規則な勤務形態で働く若年・女性労働者が、自らの労働時間と職場環境をチェックし、ワークとライフを切り離し、ストレスを溜めず眠られない夜を無くすことを呼びかけていかなければならないのです。